オタク自省録

オタクのオタクによるオタクのためのブログ

オタク、初々しさを思い出す

はじめに、この記事は自己啓発であり他者啓発ではない。

 

デュラララを読みたい。オタクは唐突に思い立った。なぜそれを思ったのかは正直なところよくわからないが、バイト先の底辺居酒屋で女子大生らしき団体客の姦しい笑い声を聞きながらふと頭に浮かんだことは確かである。

そも読者諸賢はデュラララ!!という作品をご存じだろうか。2004年に第一巻が出版され、2014年に完結した全13巻のライトノベルであり、アニメ版は1期2期含め全5クールの長編となっている。物語は東京都池袋を中心とした群像劇となっており、田舎から池袋の高校へ転校してきた平凡な高校生である主人公が、池袋に住まう奇々怪々な人物たちと関わり、非日常の世界へと足を踏み入れていくといったものである。ネット上のチャットルームが物語の軸として登場するのだが、ガラパゴス携帯時代である2004年からスマホが主流となった2014年まで連載を続けた著者の手腕には感嘆せざるを得ない。

 

それはともかく。重要なのは、この物語が群像劇ということである。登場人物の多さとそれに勝るとも劣らない人物の深掘りは、著者成田良悟の代名詞ともいえる固有の作風である。多種多様の登場人物すべてにドラマがあり、それぞれの事象が諸所の時系列において複雑に絡み合い、一つの大事件の全貌となる

筆者がデュラララを初めて拝読したのは、中学2年生の頃であった。一巻を読み終わり、感じたのは東京という大都市への強い憧憬である。田舎の狭いコミュニティに住み、面白くもない毎日を過ごしていた筆者にとってのデュラララは啓蒙思想のそれであり、都会への憧れは高校時代にも引き続き抱き続けた。

そんな筆者が上京し、渋谷スクランブル交差点に降り立った時の衝撃は今も忘れられない。終わりの見えない人の群れ、轟きに似た雑踏、互いに無関心に蠢く老若男女。この交差点にいる有象無象のすべてに全く異なった来歴があり、全く異なった目的をもって、全く異なった人生を生きていると考えただけで、どこか遠い国に来てしまったかのような錯覚を覚えた。足元が歪んだような、不思議な浮遊感と高揚感を経験したことを記憶している。東京は筆者にとって『非日常』であり、刺激に溢れた新天地であった。

 

そんな初々しい思い出から早3年。東京という街が『日常』になるのにそう時間はかからなかった。もはや渋谷に赴くのに何の高揚感も覚えず、むしろ渋谷に佇むハイカラな若人に怯え、勝手に疎外感を感じている。これはある種必然の道理である。ある者にとっての『非日常』とは未体験の空間を指し、ある程度その空間の経験を経てしまえばそれは『日常』へと変遷していく。今の筆者にとってはむしろ、かつて『日常』であったクソ田舎の誰もいない駅のホームが『非日常』である。正直ふらっと立ち寄ってみたい。

要は気持ちの持ちようである。デュラララを読みたいという謎の動機から、東京に非日常を感じていたころのことを思い出し、いつもの通勤経路をそれとなく観察してみた。居酒屋で顔を赤くして高笑いする中年。駅前で狂ったようにヒップホップする若者。駐車場の隅で通話する女。路地裏を徘徊する野良猫。空港行きのバスを待つ老人。これらすべてに別々のストーリーがあり、別々の人生を歩んでいると考えると、バイトの帰り道が少しだけ楽しみになった。

 

最後に、この記事は自己啓発であり他者啓発ではない。