オタク自省録

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読書記録 神様のケーキを頬張るまで

最近やたらと客に喧嘩を売られることが多い。件の閉経女性器との激戦の翌日、紳士的外観の初老男性にフリースタイルダンジョンを申し込まれた。原因はクレジットカードの未対応。筆者にどうしろと言うのだ。

アルバイトでの時間経過がQoLをどこまでも引き下げているので、せめて文化面では生活品質の向上を図らねばならない。そういってブックオフに向かった筆者が手に取った作品がこれである。

 

『神様のケーキを頬張るまで』

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サブカル女子が好きそうな短編集である。女子高生を崇拝する名もなき新興宗教の開祖として宗教研究に乗り出そうとした、わけではない今回は。以前筆者が女子高生好きの気味の悪い成人男性として書物研究を行っていた時、以下の小説を手にした。

 

『あのころの、』

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またまた短編集であるが、これは当時女子高生であった知人に勧められた一冊である。女子高生が「いい」と言うのであるから、いいに決まっている。というわけで『あのころの、』を拝読したところ、『彩瀬まる』という著者の小説が印象に残った。内容は省略するが、全体としてなまめかしい文章だったように思う。そんな手掛かりをもとに彩瀬まる著の作品を探したのだが、どうやら左程有名な物書きではないらしく、ほとんどブックオフに投げ売りされていない。唯一見つけたのが『神様のケーキを頬張るまで』であった。他に目ぼしい図書がなかったものだから、否が応でもこれをお買い上げして戦果とせざるを得ない。家に持ち帰り、横になりながら拝読した。

 

この短編集は5つの短編からなる。それぞれ全く違う背景を持った男女が、恋に家族に仲間に翻弄されつつ自分の在り方を見つけていくという、女性作家の典型のような物語である。物語自体は特段面白いものではなかったが、小説をかたどる地の文に、『あのころの、』で感じた、特有のなまめかしさが表れていた。

彩瀬まるは、地の文を巧みに操る小説家のように思う。情景や物事を描写する際に、やや長めの修飾が使われている。通常であれば物語の進行に必要でない描写は書きすぎるとくどい印象を持たせ、小説全体のテンポが悪くなり、筆者のような文盲が読書を投げ出すようになるのだが、彩瀬まるの文章は読者を惹きつけるエロさがある。登場人物の心を如実に表している、とでも表現すればいいのだろうか。表層だけを描写するわけではなく、かといって核心を突くわけでもない。登場人物が自分自身を理解できていないことを体現するような地の文で、著者の世界に誘ってくれる。

 

筆者のように(異様なまでに女子高生へ興味を示しているのにも関わらず)女心を読めない人間にとって、彩瀬まるの描く物語はわかりやすくていい。ちょうどいい塩梅に本心が見え隠れするようになっていて、最後には答え合わせまでしてくれる。女子高生もこれくらい筆者にやさしい精神構造をしてくれればとも思うが、それでは秘密を解き明かす甲斐がない。なんて書き始めると、筆者が本当に変態と思われてしまうため、ここまでと致し等ございまする。