オタク自省録

オタクのオタクによるオタクのためのブログ

中世イギリス史2

前回に引き続きイギリス史をやっていきましょう。前回は、海賊がイギリスに国を起こしたけど馬鹿な王様連発しちゃってイギリス国内は大混乱。でもそのおかげで議会の形が整ってきたよみたいな感じだったと思う。今回はいよいよ戦争が勃発する。というのも、世界史として必修化されるほどの大規模な戦争が起こるのである。当然、その戦争には歴史的に大きな意義があり、イギリスにとっても、周辺国家にとっても多大な影響が及ぶこととなる。

 

前回、プランタジネット朝イングランド王国の国王、エドワード1世が上院と下院に分かれた二院制の議会を初めて開いた、ということに触れたが、模範議会とも呼ばれるこの議会の発足はヨーロッパ大陸のとある国の動きに影響を与えている。その国とはフランス。フランスは成立力後は中央集権的体制が整っておらず、各地では群雄が跋扈し、王権は全く不安定であったのだが、フィリップ2世という国王に変わったあたりから国王に権力が集中し始め、フィリップ2世の時代には、かの史上最悪のイギリス国王、ジョン王と領土争いをし、ヨーロッパ大陸におけるイギリスの領土の半分を奪い取るほどまでにフランスは強大化した。さらに次代のフィリップ4世はなんとなんと!!かの宗教的権威の最高峰、ローマ教皇に喧嘩をふっかけ、しかも完全勝利をおさめるようになる。

ではなぜフランスはローマ教皇破門という最終兵器にも屈しなかったのか。その理由の一つに当時、14世紀ではローマ教皇の権力が徐々に衰えつつあったということがあるが、もううひとつの理由はフランスが国民を見方にしたことである。1302年、フィリップ4世は三部会と呼ばれる身分制議会を開き、民衆の支持を得た上で翌年に教皇に襲いかかったのだ。三部会とは、第一身分(聖職者)、第二身分(貴族)、第三身分(農民、商人)の三つの身分の代表者たちが集まり、会議をするという議会である。詳しくはまたフランス史をするときに説明するとするが、三部会で初めて、第三身分である被支配層に参政権が与えられたということが重要で、このことがフランス国王の王権強化に繋がったのだ。

 

これを聞いたイギリスは、負けじと議会を設置する。それがエドワード3世エドワード1世とはまた別人)の二院制議会だ。エドワード1世の模範議会から発展して設置された二院制議会であるが、こちらのほうがより正式な議会、というニュアンスでいいだろう。これは上院(貴族院)と下院(庶民院)の二院制だが、フランスの三部会と同様に、庶民という被支配層に参政権を与えたことに意義がある。そしてこのフランスとイギリスの議会の仕組みの違いが、現在にまでつながる二国間の政治体制の差異の源流となる。

さて、ここらでなんとなくわかったと思うが、イギリスとフランスは基本的に仲が悪い。イギリスはそもそもフランスの弟分であるノルマンディー公国から発展して成立した国だというのに、なぜだろうか。いやいや、むしろイギリスがフランスの一部だったことがこの犬猿の仲の原因なのだ。フランスはいつまでもイギリスを弟分と思っているからイギリスに対して高圧的なのに対し、イギリスは立派な独立国のひとつの気分でいる。それだけではなく、フランスの一部、ノルマンディー公国の名残の地はイギリスの支配下にあるということも二国間の不和を生んでいる。とりわけ後者の土地問題は、百年間に渡るイギリスフランスの大戦争、英仏百年戦争の根本原因となっている。

f:id:soa_wing:20180124020254j:plain

(↑ノルマンディー公国の参考図)

英仏百年戦争とは、当時のフランスの王朝、カペー朝が断絶した際に、カペー朝の王家の血を遠い親戚から引いているイギリスのエドワード3世がフランスの王位を継承すると言い張り、フランスと喧嘩になった戦争である。ここで一つ補足を加えるが、中世ヨーロッパは、政略結婚にまみれた時代であり、敵対関係にある国同士であっても国王の息子が敵国の帰属の嫁をとったりと、国をまたいだ血縁関係が非常に多い。そしてそれが各国間の戦争の原因にも繋がっている。面倒事になるなら初めから結婚しなけりゃいいという話だ。だがそうもいかないらしい。

百年戦争の原因は先に述べたように、フランス国内にイギリスの領土があるといった矛盾から生まれた英仏間の歴史的対立に加え、フランドル地方という毛織物の名産地の奪い合いが挙げられる。北海に面したこの土地を、イギリスは欲しくてしょうがなかったわけだ。フランスはそんなイギリスに対し、急遽ヴァロワ朝という王朝を立てて抵抗するも、王朝が断絶したあとの混乱と、イギリスの圧倒的軍事力に押され、戦争の後半、15世紀前半には、時のフランス国王シャルル7世がオルレアンという地の城でイギリス軍に包囲されるところまで追いつめられる。まさに絶体絶命の危機!!

 

しかし、そんな絶望の中、一人の英雄が聖誕する。その人物は16歳の時に神からのお告げを授かり、自ら挙兵してオルレアン包囲中のイギリス軍を一掃し、シャルル7世を救出するのである。その国王救出戦から戦況は一転し、今度は逆にフランス軍がイギリスを押し返すこととなる。そしてついにイギリスは、カレーという地以外のヨーロッパ大陸領をフランスに奪われ、百年戦争に敗北した。戦場に降り立ち、国の攻勢を一転させた彼女の名はジャンヌ=ダルク。なんと女性である。世界史を勉強するまで、僕はジャンヌ=ダルクとは空想上の人物とばかり思っていた。

ちなみに、そんな英雄ジャンヌ=ダルクであるが、戦争の途中でイギリス軍に捕らえられ、魔女とみなされて火あぶりの刑に処されたという。味方から見れば戦いの女神だとしても、敵から見れば邪悪な魔女だったということである。

 

さて、百年戦争にイギリスは負けた。どうしてもスポットはフランスにあたってしまう百年戦争であるが、今回の主題はイギリス史。再びイギリスに話を戻そう。敗北したイギリスでは、休むまもなく王朝の転換期が訪れる。ジョン王、ヘンリ3世という無能を極めた国王を輩出してきたプランタジネット朝イギリスであるが、百年戦争を終えたところでまたもや、リチャード2世というバカアンドバカな王様を国王に仕立ててしまう。不当な重税をかけ、貴族議会の反感を買うというお決まりのパターンでリチャード2世が退位させられた後、なんとプランタジネット朝の血統を継ぐ者がいなかったのである。そうとなれば新たな王朝を立てるしかない。さあ次の王は誰だ?といったところで、二つの大貴族が手を挙げる。それこそが、ランカスター家とヨーク家だ。

f:id:soa_wing:20180124020954p:plain

(↑ランカスター家、ヨーク家の家紋の参考図)

両者は王位を求めて激しい争いを展開する。それはそれは大貴族同士の戦いだったため、身内のほかの貴族も巻き添えにした大規模な内戦となった。この時、ランカスター家の家紋が赤薔薇、ヨーク家の家紋が白薔薇だったことから、この戦争は薔薇戦争と呼ばれる。百年戦争で消耗した国家を、薔薇戦争という内覧でさらにぐちゃぐちゃにしている。まさにそのような状態だった。無秩序状態となったイギリスでの薔薇戦争は、意外にもロマンチックな形で終結へと至る。

そのロマンチックな解決方法というのは、結婚であった。ランカスター派のヘンリ7世がヨーク家の娘と結婚し、二人はテューダー朝という新王朝を1485年に開いた。この結婚は中世ヨーロッパらしからぬ恋愛結婚だったらしく、ロミオとジュリエットのごとく、決して結ばれることのない二人が運命的に結ばれたものだったらしい。だが、普通に考えると戦争を終わらせるための政略結婚である方が濃厚である気がするので、詳しくは調べて、どうぞ。

ヘンリ7世の深い愛で生まれた(?)テューダー朝プランタジネット朝と比べて戦争なども比較的少なく、むしろ中央集権体制を強める動きが起こり、イギリスの絶対王政を初めて体現する時代になっていく。その最中にはイタリアで始まるルネサンスの影響も及び、学術や美術も発展。優雅で芸術的な時代でもある。しかしこのことを述べるには余りにも余白が少なすぎる。この話は次回に持ち越しということにしよう。