週刊文盲 オタク自省録

オタクのオタクによるオタクのためのブログ

オタクに美容院は難しい

ブログ記事の週刊化を宣言し早くも一週間が経過した。時の流れは無常であるが、人の気分もまた無常であって、女心はなんとやらとかいわれていたりするのである。結論から言おう。『週刊文盲』刊行二週目にして俺は記事を書き渋っていた(というか、今現在も書き渋っている)。

俺は重い腰を上げるのが得意でない日本人である。自宅のソファに腰を下ろしたが最後、何らかの非科学的な力が俺の全身に作用し、下ろした覚えのない体の部位がソファと結合・溶接され、身動きが取れなくなる。この不可思議な力の厄介なところは、上記の物理的作用のほかに精神的作用ももちあわせているようで、全体的に俺の気力のようなのものを沈下させるはたらきもある。そして困ったことに俺が記事を書く場所はたいていソファの上であって、どれだけ文字を書き起こそうとしたところでこのミステリーじみた力によって俺の精力は根こそぎ失われてしまうのである。力の出処は定かではない。

 

このように怠惰の化身のごとく、何かしらを沈める毎日を過ごしている俺であるが、心機一転を求めて、先日散髪などに赴いた。無論千円カットなどという大博打ではなく、れっきとした美容院である。

 

「いらっしゃいませ〜」

 

俺のような人間にとって、美容院の門扉は非常に重厚なものに思える。というのも、髪を切る行為を非常に億劫に感じるせいで、美容院自体にあまり出没しないのである。しかも美容院内は極めて洒落乙で、美的センスに一抹の陰りがある俺が入場していい場所なのかと常に不安心を掻き立てられてしまう。本日も美容院内でキョドる俺はスタッフさんに懇切丁寧に座席までエスコートされ、髪型の希望を尋ねられることにまたキョドるのであった。

 

「今日はどう切るん?」と声をかけてくる美容師さんは、小さくて綺麗で関西弁でギャルな俺の担当の女性である。彼女と合うためにこの美容室に通い始めたと言っても過言ではない。関西弁のギャルにツッコまれる快感は、是非読者諸賢とも共有したいと思っている。

今日は久方ぶりに美容師さんとお話をする類まれな好機である。どう切るのかと訊かれて、月並みな発言は許されない。関西人を前にボケないなどもってのほかであるし、ボケるにしても高度な専門性を兼ね備えたボケが要されることを俺は知っている。

 

「もう、バッコリ刈り上げて下さい」

 

自由奔放に成長を遂げ、売れないホストのようになってしまった襟足をつまみながら俺は言ってやった。これには美容師さんも面食らったようで、「ちょっと待ち!本持ってくるから笑」と、ヘアスタイル本をもってきてくれた。一本先取。俺は勝手に勝負事を始めていた。

それから少々髪型の相談などして、「夏なんでショートからミディアムくらいの長さでお願いします」ということになった。「ほんといつも適当言うなぁ〜」と、美容師さんに笑われて俺は上機嫌である。何故俺がこれほどまでに髪型に無頓着かおわかりか。貴女に頭髪管理をしてほしい、その一心でここまでやってきたのだ。この想いよ届け。なんてことを言えるほど立派な男ではないので、ひとりでに妄想し気持ちの悪い不敵な笑みを浮かべていた。

 

そんな感じでカットをして頂きながら関西弁によるツッコミを享受していたところ、後ろ髪が切り終わったとのことで合わせ鏡で後頭部を覗かせてもらった。「今こんな感じやけど、どうですか〜?」そこは自殺スポットによく似た断崖絶壁が作出されていた。

 

「……なんか崖みたいになってますね?」

 

『崖みたい』ではない。崖そのものである。まさか俺が最初に言った「刈り上げて下さい」を再現したということか?いやしかし、その後ヘアスタイル本を見ながら髪型を考究したじゃないか。美容師さん、これは一体。

 

「ん〜、確かに。もうちょい下の方梳いてみよか」

 

丸みを出すため、崖の下の部分を削るという妙案である。これ自体は正しい解決策ではあると思うが、そもそも崖を作ってくれと頼んだ記憶はない。しかし時既に遅しといったところか。一度切ってしまった髪は元には戻せず、今はこれが最良の手段のように思われた。

 

「じゃあそれでお願いします」

 

ええいままよ。この時俺は頭髪に関するおおよそを諦めていたと思う。あとはもう美容師さんにされるがままに頭髪を切り刻まれ、おぞましい量の頭髪が失われていく様を正面の鏡でただただ眺めていた。目の前で大切なものが音を立てて崩れゆく精神的ダメージを経験する貴重な機会であった。そうして後に”中学生”、”カピバラ”、”年確される頭”などと揶揄されるエレガントなスポーツ刈りが完成した。

この到底甘受することができない回復不能の損害に対し俺は、カット後こそ「短髪も似合うやん!」という美容師さんの口車に乗せられ実に朗らかな気分で退店したものの、帰宅後ソファに座し、例の非科学的な力の影響を受け、大いに気分を沈ませたという。

 

散髪には気をつけよう!という寓話でした。