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オタク自省録

オタクのオタクによるオタクのためのブログ

俺氏、女子校教員にいきり立つ

「決めた。俺は女子校教員になる」

思い立ったが吉日、俺は女子校教員としていきり立った。というか、はじめからこの道を選ぶべきだった。女子高生とお近づきになりたいその一心で半生を過ごしてきたものの、同時にこの欲望を表に出すと行政指導という名の実質的魔女裁判にかけられることは免れ得ないと察していた。その為、己に正直になれという父の教えに背き、婉曲に回り道を重ね、目が回るほど迂回をした挙句にこの結論に至ったのであった。

 

「教員?それじゃ私と同じ道じゃね」

 

一家の大黒柱を差し置いて実家に独裁政治を敷く母親に、俺は怯えることなく抗弁する。

 

「俺は偏差値45前後の女子校で世界史を教える。そして星の数ほどの教え子たちと懇ろになるんだ」

 

女子高生を飼いたい。それが成人を果たした俺の夢だったように思えた。

しかしそれは究極目的ではなく、目的達成の手段だったということに、俺は今更ながらに気づいてしまった。まことに赤面の至りであり、人生最大の汚点であり、そして具の骨頂である。俺の人生をかけた最終到達地点。それは、女子高生の日々を支えたいという実にささやかで慎ましいものだったのだ。

 

「何がささやかで慎ましいんよ。あんた女子高生ナメちょるじゃろ?

 

長らく片田舎の一家庭の政を司ってきた暴君が俺に侮蔑の眼差しを送る。しかし俺はもう屈しない。革命権を行使し、首都東京へ戦略的撤退を実行し得た俺ならば、必ずやこの邪智暴虐の女王を、あくまで論理的に討ち取ることができるはず。反逆の嚆矢は俺の口から放たれるのだ。

 

「女子高生をナメちょるのはオカンやろ。オカンは女子高生の何もわかってない。第一に、女性に女子高生の何がわかるっての」

「お母さんだって昔は女子高生じゃったからわかるいね」

嘘をつくな!女子高生がこんな手弱女振りの欠片も見いだせないオバハンになるわけないだろ!

「女は最後はみんなこうなるの!私の卒業アルバム見る!?」

「偽造写真に証拠能力は認められない。ここは家庭”内”裁判所だ。俺の法定に立ち入っておいて訴訟要件すら備えないとは何事か!却下だ却下!

 

大学で至らぬ知識ばかり獲得し、似非法学の祖を自称するに至った俺に論理の欠缺はない。オカンは「何をわけのわからんことを」と憤りを隠せない様子で、畑仕事をしている父親を無意味に睨みつけた。お茶の間の喧騒にただならぬ雰囲気を感じ、口頭弁論を盗み見していた父親は怯えるように畑に逃げ込んだ。

 

「じゃあもうお母さんのことはいいよ。でも女子高生がアンタに靡くわけがないーね。女心はアンタには絶対にわからんけぇね」

パンケーキとカフェラテこそが女心と心得てる」

お母さんの時代にはそんなものなかったけど?

「時代は常に先を進んでいる。トレンドさえ掴めば女子高生の心は掌に巡らすが如しだ!」

「小難しい言葉はよう知っちょるけど、慕われる教員になる方法は知らんのやね」

 

 

オカンは得意気に鼻を鳴らす。しかし、オカンの言葉は馬耳東風に聞き流すに限る。なぜならオカンは女子高生と30以上歳の離れた『女性』だからだ。『女の子』と『女性』は精神構造が全く異なる。平和で牧歌的な一般家庭にパターナリズムの圧政を強いるのが『女性』であり、俺というちっぽけな人間に明日を生きる希望を与えてくれるのが『女の子』なのだ。

 

「生徒から慕われるためにはまず先生たちに馴染まんといけんよ。それに下心は見え透けるからアンタは絶対無理。それから教員免許を取るには教職課程をやらんといけんよ」

「もちろん俺だって無謀にも女子校教員になろうなどと思ったわけではないよ。先生方と馴染むのは簡単。俺は干支2周くらい年上にえらいモテる。そして下心なんて必要ない。熱い思いをストレートに伝える熱血教員になるんだ俺は。教職課程はオカン助けて

 

無意識のうちに吐き出した本音を、オカンは見逃さない。

 

 

「結局お母さんに頼るんじゃん」

 

俺の一生を賭けた家庭内クーデター『家庭内裁判』の口頭弁論において、決してみせてはならぬ弱みがそこに露呈した。そしてこれがいけなかった。オカンに助けを求めるその行為の背後には、オカンに屈し従属する意思表示が黙示されている。そしてそれはオカンも当然知り得るところであり、彼女の態度は途端に大きく膨れ上がった。

 

「ご飯にするよ。お父さん呼んできて」

家庭内に、オカン幕府が復権しようとしている。家長制度の存在がまるでなかったかのような男女参画社会がそこにはあった。のっそりと畑から顔を出す父親には、大政奉還への一縷の望みすら見えず、女王絶対服従の平身低頭ぶりが伺える。あるいは俺は、そもそも傾国の兆しすら醸すことができていなかったのかもしれない。精神的挫折を自覚した俺は敗訴を確信した。

 

その後、カレーライスを囲んだ極東国際軍事裁判もとい一家団欒の時間において、俺のささいな夢は不必要なまでに糾弾され、回復不能な損害を被ることとなった。我が実家の治外法権下に男性の人権保障は未だ訪れない。悟りきった俺は父親ひとりを片田舎に残し、革命軍駐屯基地東京へと脱兎のごとく逃げ出したのであった。