週刊文盲 オタク自省録

オタクのオタクによるオタクのためのブログ

俺氏、農家としていきり立つ

「決めた。俺は農家として余生を過ごす」

思い立ったが吉日、俺は農民としていきり立った。これに何が影響しているのかというと、一年前に縁を切った漆黒ブラック組織による人的酷使である。学生という特権階級を敢えて搾取対象とすることでゼロコストでの雑務を実現する、おぞましい組織計画であった。あの地獄のような日々からの開放を求め農家としての生涯を思い描いたことは確かだが、もう一つ重要な目的があることは主張しておかねばならない。

 

「次は銀の匙でも読んだかお前」

 

バイト先のチャラ男はやはり軽い口調で俺を小馬鹿にしてくるので、すかさず付け加える。

「俺は辺境の田舎の地主になって農業を営む。そして学校帰りの女子高生たちと懇ろになるんだ」

女子高生を飼いたい。それが成人を果たした俺の夢だった。

 

「ちょっと待って、論理の飛躍があったでしょ今。農業と女子高生の因果関係を述べよ」

 

かく言うチャラ男は以前俺に勧めてきた行政書士の学習に勤しみ、ついには因果関係などという高等な語彙を習得した。彼が所属する法学部限定オールラウンドサークルでは生意気にも『過失重過失コール』という法律用語の発音だけ知った痴れ者の飲みニケーションが誕生したらしい。

 

「よしきた。論理的に説明してやる。俺は農家として田舎の女子校付近の農地を開墾する

「待て、女子校付近の農地なんていう前提条件はさっきなかったろ」

「そして田舎の芋っぽい女子高生と朝夕の登下校時間を共有する。最終的に多くの女子高生が俺の田畑に踏み入り、共に夏野菜を収穫するに至るわけだ」

 

俺の論理的に完成した完全無欠な理論を前にチャラ男は言葉を失ったように見えた。営業中にレモンサワーを飲むのはもはや慣習と化している。

 

「女子高生が好きなのはわかったけど、お前みたいのが不審者としてニュースに出るんだなって思うわ

「失敬な。俺にとって女子高生は性的対象ではなく、愛護対象だ

変態はみんなそう言うんだって

 

変態の何が悪い。ジェンダーレスだの何だのと、やたらと個性を尊重する現代社会において、女子高生至上主義のみが弾圧対象となるのは間違っている。俺たちを弾圧する前に原宿に発生した突然変異種を捕獲するところから始めろ。

 

「農家になろうと思ったら、まずは農業の基礎を学ばなきゃ。それに田舎だとコミュニティがあるから近所付き合いしなきゃね。それに農協にも所属しないと作物売れないでしょ」

「もちろん俺だって無謀にも農家になろうなどと思ったわけではないよ。農業技術は最新のものを取り入れる。これからは手を汚さない農業の時代だ。近所付き合いはかつて文学者を志した俺の美しい文字列での文通で事足りる。農協は入ればいいんだろ入れば

 

近時の村社会が以前と比べて閉鎖的になっていることは承知の上だ。だが、重要なのは熱意だ。新参者かつ若輩者の俺だって、女子高生に対してどれだけ真っ直ぐで清純な想いを持っているのかということを真摯に伝えれば、片田舎のご老人が俺と農地贈与契約を契るのは時間の問題だろう。だがその前にこのチャラ男の言う通り、諸処の事情を検討してみる必要はある。

 

農業技術は人間の歴史とともに成長する。灌漑農業から始まり、鍬や千歯こきの開発、近年では生物学との運命的邂逅により遺伝子組換えや品種改良まで行われている。俺はまず女子高生との架け橋となる夏野菜の品種改良を企てる。野山にまじりてカフェラテを啜る田舎の女子高生とはいえ、虫への嫌悪感は捨てきれないだろう。そこで農作物への筋肉注射を導入し、害虫を寄せ付けない屈強な田畑に育て上げる。しかし、過剰な筋肉膨張は収穫物に影響が出るので避けなければならない。アメとムチを巧みに使い分け、女子高生の目前では軟弱な草食系男子を装うよう教育を施す所存だ。

ここに来てやはり最近のムーブメント、無農薬野菜の存在を検討しなければならない。首都圏に住む土の匂いも知らない主婦達は不健康なまでに健康を求め、結果として無農薬野菜に異様な執着を見せる。筋肉注射を行っては、いくら健全な施策とはいえ、彼女らの販促力は得られないだろう。ここに品種改良計画は頓挫した。

 

次に近所付き合いを想定する。田舎の農業は、一つの機械を複数の農家で共有するなど、村社会が実に堅牢な形で実現している。世代を超えて続くこの輪に溶け込むべく、俺は文通によるコミュニケーションを試みる。対人コミュニケーションにおいては赤子同然の俺だが、一度筆を執らせれば別人のそれ。読む人全てを魅了する才覚溢れる素敵文章がそこに広がるのだ。

しかし思い出して欲しい。俺の文章力の全ては自虐に注がれているということを。愚者を見下し満足とする読者諸賢は俺の文章の虜になるかもしれないが、根性論を座右の銘として大戦を生き抜いた御敬老が俺の文を読むと「最近の若いもんは」と、意気地、覇気、性根の全てに欠陥を持つ俺の人格そのものが否定されかねない。重厚な人間関係は対等な立場があってこそ。俺は生涯、御敬老の遥か低みから年金を送り続けるしかないのだった。

 

それからというもの、農業計画を練れば練るほど村社会の偉大さに気付かされる。村八分とは俺のような社会不適合者を迫害するためにあるとは察していたが、まさかここまで効率的に機能していたとは。農協に関しては正式名称『農業協同組合』から唾棄すべき法律の気配を察知し、はなから議題に挙げることすらしなかったが、組合不参加が原因で経営不振となり、女子高生とシェアするはずの夏野菜までも売り出さねばならぬと思うとやはり法律との対峙は避けられない。

 

永きに渡る葛藤の末、俺は辺境の地での農耕生活に踏み込むことを敢えて避ける英断を下すこととした。晴耕雨読を文理解釈することだけが健康で文化的で女子高生な生活ではない。雨が降ろうが槍が降ろうが、女子高生を支えたいその一心で働き続ける健気な男にこそ、女子高生は感銘を受けるのではないか。俺の将来の選択肢は、まだまだ無数にさんざめいている。

 

「どうしても女子高生がいいなら、教員にでもなれば?」

チャラ男の一言は青天の霹靂だった。まさかこんな近くに答えがあるとは、灯台下暗しとはよく言ったものだ。今日も俺は酒を奢る。