週刊文盲 オタク自省録

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毛が生えたような話

先日、俺が敬愛する森見登美彦大先生原作の映画を拝見した。感想は言うまでもない、というより、言いたくない。俺の個人的感想はともかく、このように芸術作品を鑑賞するなどして文化的退廃を華麗に回避することこそ、健全な大学生の模範と言うべきではないだろうか。俺はいつものように自画自賛をした。

 

最近の発見なのだが、俺は体のいたらん所に毛が生える病を患っているらしい。頭、足、指の第三節あたりなどは人間であれば通常毛が生えてくるであろうが、それ以外の部分に発毛してしまっているのが俺だった。この際、ハゲの議論を醸成したくはない。自己中心主義の権化たる俺だってハゲに対する慈しみくらい持ち合わせている。正確には、将来の自分を足蹴にするようなことは避けたいのだ。

俺の腹部、ヘソと左乳首を結んだ直線の二等分点あたりに、ちょこんと一本、慎ましげなほつれ毛がそびえ立っていることに気づいたのは自宅の風呂場だった。俺ははじめ、この可愛げのある独立一本杉を我が子のように観察した。この毛はなぜ村八分にされているのか。集団から阻害されているのに太ましく堂々と自立しているこの毛はまるで、中二病が抜け切らないまま高校へと進学した15歳の俺そのものではないか。かくして独立一本杉は俺の中で俺のメタファーと位置づけられた。

俺の分身たる一本杉をどうするか。決まっている。伐採あるのみである。人間という社会的動物は弱肉強食の世界を生き抜くために群れを形成し、数の暴力で猛獣に対抗してきた。その歴史上必ず現れる社会不適合者は群れから隔絶され淘汰される運命にあるが、それは高い知能を持つ人間だからこそ可能な理性的決断であったと言うべきだろう。一本杉の伐採もこの例に漏れることなく、こいつの命を絶つことは必要悪であり、極めて理性的な判断なのだ。

なんてことは微塵も考えず、邪魔だったので毛抜きでプッツリと抜き去った。毛根から抜き取られたそれが再生することはないだろう。フォーエバー一本杉。と思っていた矢先、俺の首筋に独立一本松が凛々しく聳えていることに気づいた。群れから疎外を受けた社会不適合毛は一本ではないのか。それでは一体俺の体表面にどれだけの異端毛があるというのか。なんだか腹立たしくなってきたので、早々と一本松を伐採した。

 

 

ところで冒頭述べた映画というものを、俺は日頃懇ろにさせて頂いている年上のお姉さんと拝見したのだがその帰り道のこと。

「あれ、ここの毛なくなってる」

お姉さんは俺の首元を指した。パステルカラーのネイルの先に、かつて独立一本松が居座っていた苗床が見える。もっとも、今となっては廃墟同然だが。

「これね、抜いたんだわ。というか知ってたん?」

「うん。変なとこに生えてるな〜と思ってた」

「いや、気づいてたんなら教えてや」

「なんとなくデリケートな話かなと思って気づかないフリしてたわ」

普段俺に対して『肥満』を意味する単語を言葉巧みに言い換えて攻撃的に投げつけてくるくせに何がデリケートな話だ。俺の記憶が正しければ、彼女から俺の人格を尊重するような言葉はあまり聞いてこなかったはずである。そのくせ俺の持つ『膨よかな体型』というアイデンティティのみを執拗に尊重してきたのはどこのどいつだ。一体俺とお姉さんと、何年の付き合いだと思っているのか。考えてみれば一年未満であった。

問題解決の鬼とどこかで呼ばれているであろう俺も、流石にこれには困り果てた。お姉さんが俺の首筋の一本松を、それもずっと前から認識していたということは、俺と出会ったほぼすべての人間が一本松を目にしていたことになる。新歓という口実のもと飲食を共にした一女も、俺の股間をしつこく揉みしだいてきたゲイバー店員も、吹かせ方がわからない先輩風を強引に吹かせようとした後輩も、皆一本松を見るなり俺を虚仮にしたに違いない。俺の名誉はどこまでも失墜し、もはやサルベージ不能なまでに凋落していたのだそれも俺が見ないうちに!

 

『将来性のあるゴミ』と名高い俺の身に起きたこの問題は極めて重篤である。だが、早いうちに汚点を払拭することができたのが不幸中の幸いであった。はたから見れば、ラムネ瓶のガラス玉がビー玉に変わった程度のささやかすぎる変化だとしても、本人にとっては清教徒革命の如き歴史的快挙である。勝って兜の緒を締めるべく、杉と松に続く新たな樹木が体表に生い茂っていないか、確認せねば。

風呂場に立ち入った俺は驚くべき現象を目前に立ち尽くした。

「独立一本杉……お前どうして……」

ヘソと左乳首を結ぶ直線の二等分点に、”ヤツ”の子種が息吹をあげようとしていた。俺のメタファーは他でもない俺自身に深く根付いて離れないらしい。それはまだ若く、産毛のような弱々しさではあったが、確かにそこに独立一本杉の面影が力強く残っているではないか。

「こんなもん信じて貯まるか!!」

俺は踵を返し、再び鏡を見た。そして返した踵をまた返し、再び踵を返すということを再三に渡り反復した。俺の所存するところが目を回し、正常な判断を下せなくなるまでこの不可解な行動は続いた。俺と樹木の戦いはこれからも続く。