週刊文盲 オタク自省録

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童貞卒業の法的評価 『民法総則1~2節』視点

またお題箱に突拍子もないお題が放り込まれていた。

『童貞卒業について』

端的すぎて逆に何を書き綴ればよいのかわからない。俺の童貞喪失思い出劇場を繰り広げたところで誰一人幸せにはなれないし、一昨日の夕ご飯を思い出せない俺が数年前の出来事をまざまざと書き起こせるわけがない。ではこのお題、どういう方向性にもっていけば全読者のQoL向上に貢献できるのか。小一時間考えた結果、『童貞卒業に法的分析を加えてみる』ことにした。申し訳程度の法学クラスタ要素ですね。

しかし法律といっても、一概にこうだ!と結論を出すことはできない。というのも、そもそも『童貞喪失』という概念をどの法に持ち込むべきかという話になる。このステップだけで学説は大いに対立し、お偉い諸教授が〇〇説と自分の名前を付随させた自己主張の激しい説を乱立させ、畢竟大多数の法学徒が混乱を起こし、法学界全体の不利益となる。幸いにも今回は話をややこしくする偉大な法教授はいない。そこら辺で聞いただけの中身のない法知識を高らかに述べ上げる阿呆が一匹いるだけだ。それでは阿呆の戯言をとくとご覧あれ。

 

民法総則】

まず今回は民法に限定して童貞喪失を分析してみる。民法は総則、物権、債権、親族、相続と五章に分かれており、そのどれもが相互に作用しあうような形で有機的に混ざり合っている。その内容は重厚長大を極めるので、総則、つまり民法全体の共通事項に絞って話を進める。

 

【第1節 権利主体・権利客体】

そもそも『童貞』とは一定の身分を指すとみて間違いないだろう。自然人であることは当然であり、それゆえに権利の発生は出生に始まる(3条1項)。童貞に保護法益が認められるのかどうかという話だが、男として生まれた人類はみな童貞に始まるのでそこは否定できない。なお「母親の膣内に胎児の陰茎が収容されているのだから、人は皆非童貞である」とする説は、立案者の尊大なる虚栄心から生まれた詭弁にすぎないので無視する。

童貞を身分として考える以上、『行為能力』についても考慮しなければならない。行為能力とは、法律行為を自ら単独で有効に行う能力である。民法上は制限行為能力者として、未成年、成年被後見人などを挙げている。果てして童貞に行為能力はあるか。

 

童貞は一般に「人類存続上不可欠の性的接触が困難な自然人」と解することができるため、当然に行為能力は認められないとするのが性交裁の判決である。動物的本能で行うべき行為の能力がないものが、理性で成り立つ法律行為を行えるはずがないという理論だ。なお、性交裁とは『性交裁判所』を指し、貞操の有無の判断を下す絶対にして唯一無二の司法権である。長官は俺。

民法上の制限行為能力者は、それぞれ法定された後見人の同意を得ることで法律行為を実現しているが、童貞に関して、後見人の制度は有名無実なものだと考えてよい。というのも、童貞の後見人は原則として保護者、すなわちオカンである。オカンが童貞の性的交渉の同意権を持っていたとして、童貞は同意を求めようとするはずもないし、仮に童貞が童貞喪失に至らないまでも性的交渉を行った場合も、オカンにその行為の取消権は認められないからだ。

 

【第2節 意思表示】

民法上では法律行為が成立するために『意思表示』が必要となる。具体的には

①動機→②効果意思→③表示意思→④表示行為

の流れがあり、そのいずれにも瑕疵がない場合に通常の法律行為は成立する。では童貞の喪失に関してはどうだろうか。通常の自然人は表示行為の段階で性交にたどり着くが、童貞の場合それが叶わない。

 

①動機   「えっちがしたい」

②効果意思 「あの子とヤりたい」

③表示意思 「でも無理だな、xvideosでも見るか」

④表示行為 「シコリンピックを開催する」

 

以上のようなフローとなるため、表示意思表示行為に問題があるということになる。

 

表示意思に関しては心裡留保だろう。つまり「表意者は真意でないと知りながらする意思表示」だ(93条)。童貞は最初からシコろうと思い、シコを為したのではない。しかし心裡留保により為された行為(シコ)は原則有効である。民法上の例外として「相手方が表意者が真意でないことをわかっていた場合」があるが、シコの相手方は黄金の右腕であるので、行為能力はおろか意思能力すらなく、例外適用はできない。童貞は自らのシコから目を背けることはできないのだ。

 

表示行為に関しては『詐欺』が当てはまる。詐欺とは「欺罔行為により他人を錯誤に陥れ、それによって意思表示をさせること」だ(96条)。詐欺の主体は人でなくてはならないが、これはAV作成者だろう。巧みな詐術でAVを通じて童貞に「これは疑似セックスだ」と投げかけ、相棒ともいえる右腕を女性器と錯誤させ、結果として童貞にシコを行わせている。

詐欺は「相手方が詐欺の事実を知っていた時に限り意思表示を取り消すことができる」とされているが(96条2項)、上記の通り右腕に意思能力は認められないので、やはり童貞のシコは原則有効である。問題となるケースは善意の第三者が絡むケースである。

 

民法上は「詐欺による意思表示の取り消しは善意の第三者に対抗できない」とされている。つまり、AVやオナホールの詐術により童貞を卒業したと錯誤した童貞が、童貞卒業の旨を誰かに伝えたとして、あとからその童貞卒業を取り消そうとしても、その行為は有効になってしまう。

このような理論は『童貞』というワードが不用意に頻出して心証を害するため、性交裁は統治行為論(高度の政治性を含むので司法権の埒外とする理論)を持ち出し、判断を留保している。つまり、ややこしいから議論しないこととする。

 

総則2節までは以上となり、今のところの結論として「童貞は卒業できる蓋然性が低すぎるため議論に値しない」というような流れになってしまっている。気が向いたら続きも検討する。