週刊文盲 オタク自省録

オタクのオタクによるオタクのためのブログ

健康で文化的な最低限度の生活

記事のタイトルをご覧いただきたい。憲法25条に明文されている生存権の内容である。法学徒でなくとも、どこかしらで目にしたことがあるフレーズのはずだ。俺は法学徒なのだから25条の言う健康で文化的な最低限度の生活を法的に分析すべきなのかもしれない。しかし、健康で文化的な最低限度の生活をおくること能わない人間に、健康で文化的な最低限度の生活が語れると思うか。俺はそうは思わないし、何より健康で文化的な最低限度の生活というフレーズをこの段落だけで4回も使用していることに歯がゆさを感じるので、これ以上健康で以下略について学術的分析を加えることは控えようと思う。読者のためである。

 

ところで読者諸賢の日々の生活は満足のいくものだろうか。俺は全く満足していない。不眠症に苛まれ朝日とともに無理やり寝つき、おやつの時間に絶望の起床を迎え、学生の本業たる大学での講義を悉く退け続けている典型的ゴミ大学生活。それが俺の毎日だった。この腐りきった生活を、あるいは根性を叩き直すため、俺は『健康で文化的な最低限度の生活』座右の銘とし、日々の生活改善コンサルティングを行うこととした。

『健康』とは即ち衰えることのないほど良い肉付きの身体を意味する。飲む食う寝るの三連コンボでは、決して強靭な肉体は出来上がらないだろう。健全な魂は健全な肉体に宿るのである。しかし経験上、程よい筋肉を身に着けた人間の方が淫らな性根をしているような気がするのだがそこのところどうなのだろうか。

『文化的』とは学術的活動を意味する。酒と女に溺れるゴブリンめいた中年男性に文化的魅力は無いだろう。俺はコーヒーショップの一席でシルクハットと杖を構えエロ本を読みふけるような初老になりたいと考える。また、女子高生を神聖不可侵なものとする名もなき宗教の教祖としても、来るべき女子高生との接触に備え、一目おかれるような知見と経験を備えなければならない。文化的という側面は、なくてはならない重要なファクターである。

『最低限度』とは最大限度を意味する。何を言っているのかわからないという読者はおそらく秋空の如き女心を微塵も理解していない愚者であろう。「もう連絡しないで」と言っておいて連絡を絶つと逆ギレしてくるのが大和撫子である。

 

座右の銘の定義を明らかにしたところで、実際にどのような行動でこれを実現すべきか考えてみた。その結果が以下である。

 

・一週間に3冊の読書

・一週間に3日のジム通い

・一週間に2本の映画鑑賞

・一週間に飲酒は一度まで

行政書士向けに商法を終わらせる

 

これが俺の最低限度(最大限度)かと思うと悲しくなるものがある。しかし現実は受け止めなければならない。七月から俺は生まれ変わるのだ。今までの俺とは一味も二味も違うということを知らしめてやる。親に見られても恥ずかしくない毎日を送るのだ!意気込んだ俺は七月第一週に突入した。

 

月曜日

一週間の始まりにふさわしい絶望の起床を迎えた。気づくと2限の民事訴訟法の授業は終わっており、3限以降の授業に出ようにも遅刻しかねない。俺は潔く安眠を選択した。そしてその日は家から一歩も出ず、その代償として超高速!参勤交代なる小説を読破した。

 

火曜日

3限の授業にギリギリ出席した。しかし授業後に図書館でしようとした商法の学習を図書館に踏み入るより先に断念し、そのままバイト先に向かい、月収20万を自慢する社員のもと、優秀で勤勉な労働力となった。帰宅後泥のように眠る。

 

水曜日

サークルの飲みがあるらしく、その時間に間に合わせるため5限労働法に敢えて出席しない英断を下した。8人ほどの少人数で行われた飲み会では日本酒一気飲みが断行され、酩酊千鳥足の百鬼夜行を成した。

 

木曜日

この日は授業がなくバイトのみである。バイト前にジムに通い、前日のアルコールでむくみ切った心身をリフレッシュしようと目論むも、ベッドと冷房の策略に嵌り無事断念。断続的な睡眠ののち月収20万に酷使され、松屋の牛丼を貪りまたベッドにダイブ。

 

金曜日

この日も授業なしバイトありの日程。いい加減ジムに通うべきなのだが残念ながら金曜日は定休日であるため運動はできない。せめて読書をと本棚を漁るも、それなりに膨大な本の山の整備に着手してしまい、気が付けば月収20万に呼び出される時間であった。帰宅後女児向けアニメの録画を視聴し、そのまま翌日の朝を迎えた。

 

土曜日

日の出とともに睡眠を開始し、バイト直前に起きるいつもの堕落具合である。一週間を振り返り、目標が何一つ達成されていないことに焦りを感じ、バイト先の麦酒樽を持ち上げるなどして筋トレを開始した。翌日に筋肉痛が訪れたためこの目論見は功を奏したと思われた。

 

日曜日

突発的に予告されるサークル飲み会。実質幹部の俺が参加しないというわけにもいかず、なんとか時間を創出してジムへ向かい、そのままおバカ大学生の宴へ。ピッチャー飲みをして店員に怒られたあたりまでは記憶している。その後のことはわからない。

 

掲げた目標を一つたりとも成し遂げることができずに七月第一週が終わりを告げた。『健康で文化的な最低限度の生活』侮ることなかれ。歴史的敗北を喫した俺は目標の再建を図るべきなのだろう。それゆえ、新たな七月の目標は以下のようになった。

 

・実現可能な目標を設定する

 

「進捗があれば報告します」酒を片手に氏はそう言ったという。

オタクがイキる日

その日はかねてより心待ちにしていたハレの日であった。とある筋で知り合った同郷の後輩(女性)を酒の場に招待したその日である。「美味しいお酒を飲ませたるわ!」と、気持ちの悪い中年男性が部下に投げかける常套句に似た誘いをしておいたのだ。俺が後輩ちゃんであったらやんわりとお断りするところを、彼女は慎ましく承ってくれた。これを好機とみた俺は、速やかに彼女と同じサークルに属する生粋の邦楽徒にして勃起不全障害のEDくんを招致し、俺の持つ全情報網を駆使し探し出した洒落たダイニングバーの予約をした。あとは後輩ちゃんと入店するだけである。

 

店に彼女を招待した後に我々オタク(俺とEDくん)が何を為そうとしているのか。言うまでもなく、イキりたいのである。EDくんはともかく、俺は先輩風をむやみに吹かせることだけを生きがいに後輩と接触している不逞の輩である。上京したての一人娘にきらびやかな都会の一端を見せつけ「こんなの普通だよ」とスカしたことを言わんとしているのであった。

その一方で、俺は世に言う『イキりオタク』を全般的に毛嫌いするオタクである。イキりオタクの定義は定かではないが、どうやらそこに俺は分類されていないらしい。法律を学んでいるとは思えない、実にフレキシブルで身勝手な定義である。俺はこの夜、自分のことを棚に上げ、全身全霊をもって先輩風を吹かせることに血道を上げた。棚に上げるだけでは飽き足らず、棚の奥底に自らを埋葬さえした。

 

「なんかすごい店ですね!」

 

そこは大学近郊の街にある、我々オタクには似合わない小洒落たダイニングバー。後輩ちゃんの声で我に返った俺は、『できる先輩』を装おうと不慣れな手つきで店員を呼んだ。

 

「ビールとジントニックを。後輩ちゃんは?」

 

俺がジントニックを頼んだのは、「一杯目はビール」等という悪しき慣習を後輩ちゃんに感じさせないためだ。そもそもビールなどという苦いだけの液体を好んで飲む人種は味覚障害ではないかと真面目に思っている。俺はブラックコーヒーに角砂糖を4つ放り込む大和男子である。

 

「あっ、私もビールでお願いします!」

 

而して後輩ちゃんは苦いだけの液体を好んで飲む人種であった。「私ビール好きなんですよ!」ハツラツと答える彼女の笑みは純粋無垢そのもので、口元から覗く八重歯がなんとも愛らしかった。この時俺はおそらく、「一杯目はビール」を共用する中年男性と比類のない妙ちくりんな顔をしていたと思われる。俺が偽装せんとした先輩風は早くもハリボテの体であった。

それからしばらくソーセージなどをツマミに小洒落たダイニングバーを満喫した。EDくんはカクテルに造詣が深く、メニューに乗っている不思議な名前のカクテルについて尋ねると反射的に正確な配合を答えてくれる。後輩ちゃんの「これってどんなお酒ですか?」に対し、俺が開口するよりも早く解説を入れるので、俺の存在価値は塵のごとく霧散した。ちなみに俺が唯一わかったコムズカチイ酒の名は「コカレロ」のみであった。

しかしEDくんは決して憎めぬ為人をしている。後輩ちゃんがお手洗いへと席を立った時、我々は化けの皮を剥ぎ「可愛い女の子と酒を飲むことが人生の醍醐味ですなぁ!」非常にいい気になった。後輩ちゃんが戻ってくると瞬時に出鱈目な先輩風を吹かせようと奮闘した。

そうしてダイニングバーでの至福のひとときが過ぎ去った。

 

「今日はご馳走様でした!」

 

本心からディナーを楽しんだと言わんばかりの笑顔でそう言う後輩ちゃんに対し、EDくんは

「これから俺らバー行くけど、来る?」

と、予期せぬ二次会を提案した。俺はこのときほどEDくんを頼もしく思ったことはない。いや、テストの時にレジュメ全部もらったときのほうが頼もしかったけど。

バーという大人の世界を匂わせる響きに、天真爛漫で好奇心旺盛な後輩ちゃんが食いつかぬわけもなく、俺達は以前EDくんと発掘したオタクに似つかわしくない上品なバーへと足を運んだ。

 

バーの酒は美味い。普段居酒屋で泥水のような酒を飲んでいる俺でもそれだけはわかる。高度に抽象的な注文をしてマスターを困らせた挙句、美麗かつ芳醇なカクテルが俺達の前に並んだ。

後輩ちゃんの気分をグラスの上に具象化したカクテルという作品。それを口にした時の彼女の表情を今でも覚えている。EDくん曰く「あそこまで美味しそうにカクテルを飲む人を見たことがない」。先輩風を吹かせることも忘れ、俺とEDくんは彼女の横顔に魅了されていた。

 

そうして気づけばオタク二人は日高屋でラーメンを啜っていた。二軒目を含めて会計は20000円となり、後輩を前にイキりたい俺達は当然後輩ちゃんの代金を負担し、知らぬ間に貧乏学生にしては恐ろしい金額を一晩で溶かしていた。

 

「でもまあ、一万円で後輩に楽しんでもらえるならいいんじゃない?」

「それもそう。また後輩ちゃんと飲みたい。」

 

イキり切れなかったオタク二人は夜の街で気持ちよく笑った。

 

 

 

 

 

 

オタクに美容院は難しい

ブログ記事の週刊化を宣言し早くも一週間が経過した。時の流れは無常であるが、人の気分もまた無常であって、女心はなんとやらとかいわれていたりするのである。結論から言おう。『週刊文盲』刊行二週目にして俺は記事を書き渋っていた(というか、今現在も書き渋っている)。

俺は重い腰を上げるのが得意でない日本人である。自宅のソファに腰を下ろしたが最後、何らかの非科学的な力が俺の全身に作用し、下ろした覚えのない体の部位がソファと結合・溶接され、身動きが取れなくなる。この不可思議な力の厄介なところは、上記の物理的作用のほかに精神的作用ももちあわせているようで、全体的に俺の気力のようなのものを沈下させるはたらきもある。そして困ったことに俺が記事を書く場所はたいていソファの上であって、どれだけ文字を書き起こそうとしたところでこのミステリーじみた力によって俺の精力は根こそぎ失われてしまうのである。力の出処は定かではない。

 

このように怠惰の化身のごとく、何かしらを沈める毎日を過ごしている俺であるが、心機一転を求めて、先日散髪などに赴いた。無論千円カットなどという大博打ではなく、れっきとした美容院である。

 

「いらっしゃいませ〜」

 

俺のような人間にとって、美容院の門扉は非常に重厚なものに思える。というのも、髪を切る行為を非常に億劫に感じるせいで、美容院自体にあまり出没しないのである。しかも美容院内は極めて洒落乙で、美的センスに一抹の陰りがある俺が入場していい場所なのかと常に不安心を掻き立てられてしまう。本日も美容院内でキョドる俺はスタッフさんに懇切丁寧に座席までエスコートされ、髪型の希望を尋ねられることにまたキョドるのであった。

 

「今日はどう切るん?」と声をかけてくる美容師さんは、小さくて綺麗で関西弁でギャルな俺の担当の女性である。彼女と合うためにこの美容室に通い始めたと言っても過言ではない。関西弁のギャルにツッコまれる快感は、是非読者諸賢とも共有したいと思っている。

今日は久方ぶりに美容師さんとお話をする類まれな好機である。どう切るのかと訊かれて、月並みな発言は許されない。関西人を前にボケないなどもってのほかであるし、ボケるにしても高度な専門性を兼ね備えたボケが要されることを俺は知っている。

 

「もう、バッコリ刈り上げて下さい」

 

自由奔放に成長を遂げ、売れないホストのようになってしまった襟足をつまみながら俺は言ってやった。これには美容師さんも面食らったようで、「ちょっと待ち!本持ってくるから笑」と、ヘアスタイル本をもってきてくれた。一本先取。俺は勝手に勝負事を始めていた。

それから少々髪型の相談などして、「夏なんでショートからミディアムくらいの長さでお願いします」ということになった。「ほんといつも適当言うなぁ〜」と、美容師さんに笑われて俺は上機嫌である。何故俺がこれほどまでに髪型に無頓着かおわかりか。貴女に頭髪管理をしてほしい、その一心でここまでやってきたのだ。この想いよ届け。なんてことを言えるほど立派な男ではないので、ひとりでに妄想し気持ちの悪い不敵な笑みを浮かべていた。

 

そんな感じでカットをして頂きながら関西弁によるツッコミを享受していたところ、後ろ髪が切り終わったとのことで合わせ鏡で後頭部を覗かせてもらった。「今こんな感じやけど、どうですか〜?」そこは自殺スポットによく似た断崖絶壁が作出されていた。

 

「……なんか崖みたいになってますね?」

 

『崖みたい』ではない。崖そのものである。まさか俺が最初に言った「刈り上げて下さい」を再現したということか?いやしかし、その後ヘアスタイル本を見ながら髪型を考究したじゃないか。美容師さん、これは一体。

 

「ん〜、確かに。もうちょい下の方梳いてみよか」

 

丸みを出すため、崖の下の部分を削るという妙案である。これ自体は正しい解決策ではあると思うが、そもそも崖を作ってくれと頼んだ記憶はない。しかし時既に遅しといったところか。一度切ってしまった髪は元には戻せず、今はこれが最良の手段のように思われた。

 

「じゃあそれでお願いします」

 

ええいままよ。この時俺は頭髪に関するおおよそを諦めていたと思う。あとはもう美容師さんにされるがままに頭髪を切り刻まれ、おぞましい量の頭髪が失われていく様を正面の鏡でただただ眺めていた。目の前で大切なものが音を立てて崩れゆく精神的ダメージを経験する貴重な機会であった。そうして後に”中学生”、”カピバラ”、”年確される頭”などと揶揄されるエレガントなスポーツ刈りが完成した。

この到底甘受することができない回復不能の損害に対し俺は、カット後こそ「短髪も似合うやん!」という美容師さんの口車に乗せられ実に朗らかな気分で退店したものの、帰宅後ソファに座し、例の非科学的な力の影響を受け、大いに気分を沈ませたという。

 

散髪には気をつけよう!という寓話でした。