オタク自省録

オタクのオタクによるオタクのためのブログ

オタク VS 閉経まーん

それはある日、オタクがいつも通り居酒屋ホールとしてアルバイトをしていたところだった。

「ちょっとこれさあ」

レジ近くの卓に鎮座している若作り女子43歳(推定)が怒りと嘲笑の表情でこちらを睨んでくる。歳不相応の髪型や化粧から、彼女がファッションモンスターであることは一目でわかった。「こんなの入ってるんだけど?」右手でつまむは切符サイズの紙きれ。提供する食事の内容が記載されたものであった。

「失礼しました。取り替えますので少々お待ちください」

そういって鍋一式を下げようとするオタクこと筆者。その心の内は”無”である。古今東西キチガイが来店する当店において、クレームの一つ程度で気を荒立てているようでは精神が持たない。当店では連日、湯婆婆が経営する神々の湯屋のように、津々浦々の厄介たちが実に厄介な戯言を並べていく。

しかし、若作りババア(43)は一向に鍋を渡そうとしない。顔にはどこかいたずらな、それでいて本心からの不安をあらわしたような不気味な表情が浮かぶ。厚化粧の上からでも見て取れるため、これは並大抵のことではない。

「ちょっとありえないんだけど。こんなんでいいのこの店?」

答えはもちろん「YES」である。いちアルバイトの筆者にとって店の経営など知ったことではない。そもそも、料理酒を日本酒として提供したり、床に落ちた鶏肉をそのまま皿にのせたりしている当店の内情を知っているのだから、この店のサービスの品質など気にしたことがないのである。筆者は現在無我の境地に至っている。マニュアル通りにサーセンと平身低頭を続けるのみだ。

しかしこの女、なかなか攻撃の手を緩めない。「サービス業って何かわかる?」「私お金払ってるんだけど?」「すみませんじゃねえよ」心頭滅却し、精神的静止状態を作り上げていた筆者であったが、賞味期限切れのまんこに言いたい放題されてはいきり立たずにはいられない。

「じゃあもう次から来なくて大丈夫なんで!」

かくしてオタクはいきり立った。

「はあ?」ファッションモンスターは怯むことなく、むしろバイトである筆者がかみついてくることを待っていたかのようであった。「何その態度。これ全部報告させてもらうから」まん様はこのように豪語し、勝ち誇ったようにふんぞり返っているが、誰に報告するのか知ったことではない。店長は筆者より店舗内ヒエラルキーが低いし、食べログに低評価をしたところでいつも通り店名を変えるだけである。(このような事例は過去に幾度となくあり、数か月に一度は食べログリセットのため店名が変わっている

「別にいいっすよ。とりあえず下げさせてもらっていいすか?」

筆者の口調ももはや適当である。

「あなた店の評判悪くなってもいいの?」

「いや僕バイトなんで、どうでもいいっすわ」

「あのねえ!」

以下、初老のまーんによる整合性のない感情の発露が続く。「はあ」と相槌を打ってあげる程度のサービス精神が残っていたのが筆者の唯一の救いである。しかしいつになっても話が終わらず、社会的に無価値な女と会話する時間ほど無駄なものはないので、「とりあえずもう来なくて大丈夫なんで、もういいですか?」と言ったところ「あなたはもうこの席に来ないでくれる?」と言われ、ここにオタクと閉経まーんのフリースタイルダンジョン終結した。

以後、ほかのバイトに接客を丸投げすることとなったのがが、「あの卓ヤバいっすね!」「卍すぎませんか?行きたくないんですけど私!」と、本気で訴えられた。接客拒否は早い者勝ちである。

 

今回筆者が伝えたかったのは、筆者のしょうもない武勇伝ではない。筆者の姿はむしろ、業務を放棄し客に悪辣な態度を取るゴミバイトの典型である。本当に伝えたいのは、三、四千円程度のコース料理の居酒屋は大抵がウンコみたいな店なので、そのような店に優良なサービスを求めるのは高望みであるということである。クソみたいなサラリーマンや底辺臭いヤンキーが出入りしている店に何かを期待してはいけない。相応のサービスは相応の金があって初めて享受できるということを忘れてはならない。

というわけで、読者諸賢は筆者のようなゴミオタクが働くウンコ以下の居酒屋には決して来ないように。

 

文化的生活報告

前々から目をつけていたスマホノベルゲームを徹夜で読破した報告から本記事は始まる。

『七年後で待ってる』

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App Storeにて889件のレビューで堂々の☆4.9の評価を受けた本作品は、全40章で本編が構成されているSFアドベンチャーゲームである。筆者があえて語らずとも、その評価の高さは数値として表れているし、そもそも4時間かけてやっとこさ読破した大作を質の低さに定評のあるオタク自省録の記事として纏めこまんとすること自体、作品に対する冒涜である。読者の方々には是非七年後で待ってるをダウンロードして頂くとして、ゴミオタクのブログはゴミオタクらしく、アマゾンプライムビデオで発掘したクソB級映画のレビューでもしよう。

 

今回紹介するクソ映画は『パージ』である

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宣伝広告を見ただけだと、なんとなく面白そうな設定だと思ってしまう方も多いだろう。筆者もその一人である。しかしこの映画は紛うことなきクソB級映画であり、それはこの仮面を被ったドナルドトランプみたいな奴が一瞬しか登場しないことが証明している。

 

舞台は年に一度すべての犯罪が許される『パージ』の日が国民的記念日となったアメリカ。パージで家族を失ったプリケツの女がパージ廃止を掲げて大統領選に立候補し、投票日を前にパージを迎えるといった話である。女が政治の舞台に立つとロクなことがないのは歴史が証明しているが、このプリケツも例に漏れず。代表演説中に規約に反し観衆の中へ握手を求めに行くなど、小学生でもわかる団体行動、連帯責任の概念を理解していない。

プリケツは当然パージの日にパージ推進派から命を狙われる羽目になるのだが「自宅から出たくない」とシェルターへ避難することを拒否。巡り巡って一応主要人物であろう口は悪いが人はいい一般黒人が死ぬこととなる。なんでこう黒人は毎度かませ犬なのか。

プリケツの自宅は武装集団が押し入られたかと思ったら爆破され、夜のニューヨーク(だったと思う)へ逃避行するも、そこら中にいるシリアルキラーやら敵対勢力やらに追われたり逃げたりを繰り返す。道中でハロウィンの如き仮装をしてチェーンソーを振り回す女子高生が登場したが、車に轢かれて死亡した。散々因縁つけて登場したにも関わらず扱いが雑であった。

パージは犯罪率を抑制するためのガス抜きとして法整備されたという話であったが、これだけの人間が躊躇いもなく無差別殺人を繰り返す国が世界の警察を気取っているとは恐ろしい世の中である。調べてみると制作はアメリカである。自国のネガキャンがしたいのだろうか。

プリケツは最後まで生き延び、来る大統領選で辛勝。パージなきアメリカへと向かうはずが、選挙直後にパージ推進派たちが町中でテロを起こし始めたというラジオ放送が入りスタッフロール。主人公はヒステリックなプリケツだし黒人は無駄に死ぬし、結局何が伝えたかったのかよくわからない83分間であった。しかしこんな馬糞映画でも、パージ三部作の中で最大のヒット作らしい。映画とは何なのかわからなくなってきた。

 

この映画で学んだことは二つ。パージとは粛清を意味する英単語であることと、アマゾンプライムビデオに追加される公開年次が新しい映画は総じてクソB級映画であることである。二度と観ない。

前向きな自己紹介は不可能

先日、筆者がエントリーしている某企業から以下のメッセージが届いた。

『あなたがこの職種を目指す理由について、大学での学習、来歴、価値観などから1000字でまとめてください』

無理である。

 

皆さんは筆者が当ブログに投稿する記事が何字程度かご存じだろうか。1000~1500字である。以前は2000字近く書いていたが、書く方も読むほうも疲れるので1000字程度に納めるようにした。某企業は筆者に対し、当ブログの記事と同程度の分量の自己紹介を求めているわけだが、いくらなんでも無理難題である。そもそも筆者の自己紹介は『オタク』の三文字で完結する。2度も筆者と対人面接を行った某企業はそのあたりを見抜いてはくれなかったのだろうか。

ぐちぐち言っていてもしょうがないので、アイデアベースに筆者の学習、来歴、価値観とやらを書き出していく。オタク、詭弁、諧謔嗜好、極度のニヒリスト、分不相応。書き出せば書き出すほど見えてくる負の断片。唯一前向きにとらえられるであろう要素は『健康で文化的な最低限度の生活』であった。しかしこれも国から享受されることを希っているだけの受動的欲求なので、プラス評価になり得ない気がする。

 

世の企業は間違っている。あなた方が作り上げてきた教育制度のもと成人までのうのうと生きてきたような人間が、全面的に肯定的な自己紹介を1000字も書けると本気で思っているのですか。些かおごりが過ぎるのではないでしょうか。と、ここで筆者の脳内に天啓が舞い降りた。この1000字レポートで企業が求めていることは馬鹿正直に自己紹介をすることではない。そんなものは筆者世代の人間には不可能である。しかしなんとかして書き上げなければならない。そのためにはフェイクを入れることもやむなし。

 

要は嘘八百を並べた自己紹介をつくり、それがバレなければよいわけである。そうとなれば本レポートは筆者の独擅場と化す。筆者がこれまでどれほどの妄想を膨らませてきたか、見せつけてやろうではないか。瞬間膨張率が宇宙のそれを上回るとさえ言われる真骨頂をとくと見よ。かくして筆者は豪放磊落と作文にとりかかった。

 

そして完成した、全く身に覚えのない情報のみで構成された自己紹介文。冗漫ではあるが、非の打ち所のない聖人がそこに描かれていた。筆者は一目でわかるオタクなのだから、やりすぎるくらい誇張したほうがちょうどいいだろう。そう思いながらファイル提出前の諸注意を読んでいたその矢先である。

 

『なお、三時面接は本レポートを利用して行います。簡潔にまとめて紹介できるよう準備してください』

 

筆者は激怒した。ふざけるな。これだけの量の妄想の産物について質問を受けて、整合性のとれた返答ができるはずがないではないか。さらに反駁を食らうともう打つ手がない。文字通り、返す言葉がなくなってしまう。ということはやはり、真実性のある自己紹介を1000字も書かねばならんということだろうか。何度も言うが、無理である。

 

かくして筆者は小心翼々と等身大の自分を描いたサクセスしないストーリーを提出したのであった。現実は厳しい。